投稿日:2008年06月18日 作成者:yasunaka
今月の日経新聞の私の履歴書は、元阪神監督の吉田義男さんが書いています。今日は吉田さんが27歳になって打率が少し下がり、体力の衰えを感じた際に「大徳寺で修行」をしたときの話が載っていました。
この話の中で、大徳寺で盛永宋興師に指導を受け、訓話で一番心に残ったこととして、「徹する」という話が書かれています。
–引用–
何事にも集中して、徹底的にやり通す。突き詰めて考える。どんなに苦しくても、逃げずに向かう
——–
吉田さんはこの大徳寺での修行のあと、練習に徹して、翌年には3割1分8厘まで打率を上げたそうです。年齢とか体力とか、そんなことよりもどれだけ徹しているか、ということが重要だ、ということです。
自分にあてはめて考えたとき、ビジネスの世界も、やはりどれだけ徹することができるのか、に尽きるのだと思いました。どれだけ徹してビジネスの仕組みを考えるか、どれだけ徹して広告宣伝に工夫するか、どれだけ徹して良い商品・サービスに仕上げるか、そんなことが重要なんだと最近非常に強く感じています。
投稿日:2008年06月17日 作成者:yasunaka
最近crossnoteをubuntuで動かしています。説明するまでもないかもしれませんが、ubuntuとはLinuxのディストリビューションの1つで、デスクトップがかなり使いやすく、また見た目もなかなか「かっこいい」です。個人的な印象ですが、ubuntuを使っているとVistaですら1世代前の環境に見えます。
なんか使いやすいな、と思っていたのですが、どうも原因は早さにあるように思えます。全く同じマシン上で動かした場合でも、例えばWindows XP上での動作と比較して早く感じます。Eclipseもそうですし、crossnoteも体感上、早く動いているように思えます。
ubuntuはX Window上で動作しているので、私はどうもX Windowというと(長年付き合った相棒だったのですが)遅いイメージがあったのですが、180度認識が改まりました。
なんでこんなに早いのか? よくわかりませんが、Anti-Virusソフトの影響はあるのでしょうか? とにかく、ubuntuすごいです。
なおcrossnoteのLinux版はベータ段階です。そのうちお披露目しますね。
投稿日:2008年06月13日 作成者:yasunaka
なにか変なタイトルですが、最近実感したことです。
グループウェアなどのソフトは使いこなすと便利ですが、使い始める前に、ある程度どこをどうやったらどうなる、という基本的な部分を実際に試してからでないと、安心して使えません。実際にやってみたら思いもしない結果になってアタフタすることがよくあります。
最近カレンダー管理のソフトを使ってみようとして、最初にいろいろと試してみたのですが、なかなか私が思った動きにならなかったんです。特にプライベートデータの扱いが問題で、私としてはプライベートと指定した場合、他人からは詳細は見えずに、時間がふさがっているよ、とだけ見える状態にしたかったのですが、その試していたソフトでは他人からは全く見えない状態になってしまうのでした。
もし最初に試さないで使い始めていたら、こういったちょっとしたことをきちんと理解しないまま、ずっと気付かないで過ごして、後で何かトラブルになっていたかもしれません。
個人で使うだけのツールの場合、全部自分で閉じているので、使っていれば自然に気付くと思うのですが、グループウェアの場合、下手をすると気付かないまま過ごしてしまうことになります。やってみないとわからない、というのでは場合によっては「使えない」という烙印を押されかねません。
crossnoteもある種のグループウェアです。この手のトラブルが起きにくいようにするにはどうすべきか、考えさせられる出来事でした。
投稿日:2008年06月12日 作成者:yasunaka
昨夜 crossnoteのホームページを更新しました。
crossnoteのホームページ
今までホームページは、どんな商品なのか、という観点での構成だったのですが、これだと結局何ができるのかがわかりずらい、という意見が多かったため、『どんなことができるのか』という観点で内容を書き換えてみました。全体を主に4つのパートに分けています。
(1) 工事進行基準時代のcrossnote
仕様変更管理に関することなど
(2) プロジェクトのメールの問題、解決します
少し前に満足化原則の話を書きましたが、それです
(3) 仕様変更を周知・徹底させます
変更点の通知機能に関すること
(4) 導入しても大丈夫?
過去資産の扱い、使い勝手、データ変換などといった、気になる点の説明
見て、いろいろと意見を頂けると幸いです。よろしくお願いいたします。
投稿日:2008年06月11日 作成者:yasunaka
雑談ですが、「賢者の書」喜多川 泰 (著) を読みました。ファンタジックな自己啓発本なのですが、かなり面白く、のめり込むように一気に読んでしまいました。
本当の成功とは何なのか、またそれを実現するには、日々何をしなければならないのか、どんなことを考えなければならないのか、いろいろなことを考えさせられました。
私が特に気に入ったのは、5番目に出てくる賢者のデイルの言葉です。過去や未来に囚われることなく、今日一日を集中して生きることが大切だ、と説いています。成功した人の伝記を読むと、必ずしも最初から恵まれた環境ではなかった人が多い。でもそういう状態でも、その当時のエピソードを読むと、なるほど、この人はやはりなるべきして成功者になったのだ、ということが分かると記しています。つまり成功者というのは、他人から「この人は絶対成功する人だ」と思われるように、今日一日を過ごしているということです。
まあ、この手の本には良く書いていあることだと思うのですが、読んでみて、何か『腹に落ちた』感じがあります。私はまだまですが、ぜひ他の人から「この人は絶対成功する人だ」と思ってもらえるように、今日一日を大切にしていきたいと思いました。
投稿日:2008年06月09日 作成者:yasunaka
前回の続きです。プロジェクト内でメールを使う問題点を聞いたところ、他にもこんなことを教えてもらいました。
(5) ドキュメントを添付して送るとき、パスワードをかけるのが面倒
(6) 単にドキュメントを送付するだけなのに、いちいち文面を書くのが面倒
(7) 添付サイズによっては送れない場合がある。
(8) サブジェクトの振り分けルールを作って運用するのだが、うまく機能しない
こうして見てみると、前回の(3)もそうですが、ドキュメントの添付に絡む問題が多いですね。プロジェクトでドキュメントを共有したい場合に、単にファイルサーバに置くという方法では共有できないケースがありますが、そのような場合には通常はメールでの送付で済ます場合が多いと思います。
さて、いろいろと問題があるプロジェクト内でのメールの使用ですが、果たしてメールに代わる別のソリューションがある場合、それにスイッチするものでしょうか? スイッチするのであれば、満足化原則を満たしていなかった、ということになります。
そしてそのスイッチする先がcrossnoteだと皆さんに認めてもらえるよう、がんばります。
投稿日:2008年06月06日 作成者:yasunaka
一昨日、「最適化 vs 満足化」というテーマを書きましたが、今日はその続きです。今日はメールについて、この「最適化 vs 満足化」を考えてみたいと思います。
メールは今や誰でも使う、非常に基本的なインフラとなっています。そして普通にメールを使っている人にとっては十分便利であり、満足している人も多いと思います。なので、これより少し便利なものが別に現れたとしても、なかなか普及しないでしょう。
でも、プロジェクトなど、チーム・コラボレーションに話を絞った場合にはどうでしょうか? チーム・コラボレーションにおいても基本ツールとしてメールは欠かせないものですが、果たしてこのシチュエーションで使っている人たちは満足して使っているのでしょうか? ぜひ皆さんに意見を聞いてみたいのです。
私がチーム・コラボレーションにおいてメールを使っている際に感じる不満としては、こんなことがあります。
(1) 送り先を指定するのが面倒。間違えてひどい目に合うこともある(いや、あった)。
(2) 後になって、「あ、このときの議論、文書に反映されていないけど、メールでやり取りしてたな」というシチュエーションが良くあるが、探すにの骨が折れる。またこういった情報はチーム内で共有されることがない。
(3) メールに文書を添付すると様々なバージョンのドキュメントが散乱して、どれが最終版なのかがわからなくなりやすい。最悪なのは、その添付されたドキュメントを互いにやり取りし合うものだから、本当に訳が分からなくなる。
(4) 重要な質問などを送っても、相手が忙しくてほったらかしにされてしまった場合、そこでその仕事が止まってしまう。
他にはどんなことがあるでしょうか? ぜひ教えてください。
投稿日:2008年06月04日 作成者:yasunaka
今日の小飼 弾さんのブログ「The best is not good enough for us」に best を求めているのか、good enoughを求めているのか、といった論旨の話が載っています。
ちなみに人々は必ずしも最適なものを望むのではなく、満足できるレベルのものであればそれをチョイスしてしまう、というのはハーバート・サイモンという方が満足化原理として提唱したことです。人々は必ずしも最適なものを求めているのではなく、満足できるれべるのものを選んでおり、満足できる状態であればたとえ最適な別なものを紹介されてもなかなか乗り換えないものだ、ということになります。
小飼 弾さんのブログからは内容が離れてしまいますが、ビジネスの世界では、この観点のことにはよく出くわします。現状に困っているのでなければ、「良くなる」ものがあったとして、なかなか乗り換えてはくれないのです。
逆にいうと、何に困っているのかがはっきりして、それを提供できるのであれば話は簡単、簡単に乗り換えてもらえることになります。何に困っているのか? これをキャッチアップできるかできないかが、ビジネスにおいての成功の分かれ道なのだと思います。
投稿日:2008年06月02日 作成者:yasunaka
今日の日経ITProの記者のつぶやき「学生とIT業界トップの公開対談で胸を衝かれたこと???IT産業を呪縛する“変われない日本” 」がおもしろかったというか、ああ、そうだな、と思いました。
変わらないことへの強い指向。これは日本の社会に今深く根付いているように思います。上記の記事では「私塾のすすめ――ここから創造が生まれる」(ちくま新書)という本から次のような内容を抜粋して紹介しています。
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『時代の変化』への鈍感さ,これまでの慣習や価値観を信じる『迷いのなさ』,社会構造が大きく変化することへの想像力の欠如,『未来は創造し得る』という希望の対極にある現実前提の安定志向,昨日と今日と明日は同じだと決め付ける知的怠惰と無気力と諦め,若者に対する『出る杭は打つ』的な接し方
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なんかここだけ読むと絶望的になりますね。でも確かに今日本の社会には変化しないことを指向する何かが根付いているように思います。ある意味で日本は一旦頂点を極め、それを過ぎてしまった、ということを経験しているために、没落していくのではないかという危機感から、自然に「変化しないこと」を指向しているのではないか、と私には思えます。
この記事の中で、「起業しよう,と呼びかけるIT産業のトップたち」と紹介していますが、でも今の日本には、米国式の起業ができるような受け皿がありません。日本のVCはStartupの企業にはほとんど出資することがないんです。この事実を理解しないまま、起業をあおるのは少し無責任ではないか?と思います。
もちろん、じゃあ米国式の起業をサポートできる受け皿を整備しよう、という建設的な意見は大賛成ですよ。 😀
投稿日:2008年05月30日 作成者:yasunaka
@ITに2010年の冬には日本のIPv4アドレスがなくなるという記事が載っています。IPv4アドレスの枯渇は以前から騒がれている問題で、特に新規性があるわけではないのですが、2010年の冬という具体的な時期は、私は初めて知りました。
でも、そもそも、みんなそんなにグローバルIPアドレスが必要なんでしょうか? グローバルIPアドレスが必要な場合って、本当は非常に限られていると思うんです。特に一家に1個、グローバルIPアドレスっていうのは無駄ですよね。
記事ではそんなに簡単に2年間でIPv6に移行はできないから、キャリアグレードNATが今すぐ必要だ、と書いています。まさにそうなのだと思います。各家庭なんて、普通はローカルIPでいいじゃん、って思います。グローバルIPアドレスが欲しい人は別途金を払って確保する、ってのが筋だと思うのです。
石油も枯渇するまであと何年、といわれ続けていまだに枯渇していませんが、IPv4も使い方を工夫すればまだまだ持ち続けられるのではないでしょうか?